第6章
使命感をもって生きる!
──私の考える人類救済──
法唱によって生きる力を得る
私は監獄の中でも、心のなかでいつも天声で示された
10年間の監獄暮らしを病気にもならず、神経衰弱にもならず、耐えぬき、あまつさえ刑務所の中でも人類救済に励むことができたのは、ひとえにこの
「
般若心経の正式の呼び名は「摩詞般若波羅蜜多心経」です。本文わずか262文字という短い経典ながら、仏の教えの真髄がこめられているお経なのです。「
日本人は「般若」というと「般若の面」を思い浮かべますが、これは般若坊という面打ち師が作ったお面を「般若の面」と呼んで親しまれてきたためです。実際は、般若というのは、仏の究極の智慧という意味です。
もともと経典というのは、仏の偉大な智慧を獲得するために、読み、暗記し、実践するためのものなのです。
もっとも、青春時代、私の迷いの季節に、なにひとつ般若心経の智慧を理解していたわけではありません。しかし、内容を理解しないまま読んでも、私は般若心経によって救いを得ることができたのです。
この経典の主題ともいうべきものは「空」という考え方です。空というのは、あらゆる存在は一時的な仮の存在や現象であって、決して永遠でもなければ実体ではないということです。
この世のあらゆる現象が「空」であることを悟ったとき、人は救いを得ることができるのです。すなわち、迷いの世界から悟りの世界へと到達することができるのです。
この経典の最初に出てくる「観自在菩薩」というのは、観世音菩薩のことで、私たちは日常的に「観音さま」と呼んでいます。一般的には仏の慈悲を象徴する仏です。人助け、病気治しなどに御利益があるとして信仰されています。
経典の中に出てくる「波羅蜜多」というのは、迷いの世界から悟りの世界へと彼岸へ至る実践行の意味です。
実践行には六波羅蜜と呼ばれているように、6種類の実践行がありますが、なかでも一番大切なのは「智慧」の実践行であると教えています。
ここでは経典の解説はさておいて、私は自分が追いつめられたり、せっぱ詰まったときに般若心経を口に出してつぶやくことで、いくたびも絶望や死の誘惑から救いあげられてきたかしれません。
天声で「『人間とは何か』が書かれている最高の智慧の言葉である『般若心経』は、願って、求めて、頼って唱えるのでは、ただ頭で知っただけの心のお経(心経)である。そうではなく、願わず、求めず、頼らず、〝ただ〟繰り返し
声を大にしてお経を唱えることを「
この人体に自然のリズムを取り入れることは天の意にかなっています。心身がそう快になるのは、自然のリズムと身体が一致したからです。体に自然と調和するバランスが戻ってきたからです。
簡単なコツは、
大声を出し頭をからっぽにしたり、偉大な仏の智慧に身をひたしているのは長寿の秘訣でもあります。高僧に長寿者がいるのは、そのためと考えられます。法然上人、一休和尚、白隠禅師のような大昔の名僧はもとより、昭和以降の高僧たちも、80、90と長生きしています。
私は、危機的状況では、いつも
人類救済にこの方法は欠かせず、