第三章 天声
【8】
昭和57年秋、またしても不思議な「天声」が示された。
「長方形の箱を5つ用意し、白い紙に薄く般若天行を書いた紙を1千枚入れ、それを必要な人に渡せ」
というものである。今回の「天声」は、正確な寸法と作り方まで具体的に伝えてきていた。しかも、それに30万円を出す人があらわれるというのである。
私は、「天声」の伝えるとおりに箱をつくったものの、またそれから先、どのようにしたらよいのかわからなくなっていた。人が訪ねてきたりすると、その箱を押し入れに入れて、人目にふれないようにさえした。
なぜならば、そのころの私は、中味を聞かれてもうまく説明する自信がなかったからである。また、「変なことやってるな」と思われるのも嫌だったのである。
どうすればいいのかわからないまま、ぐずぐずと日を送っていると「天声」が激しく
「これをいますぐ必要としている人がいる。その人に手渡せ」
私は決断するしかなかった。なにも考えず、とにかく3つで30キロはある木箱を右肩に乗せ、外へ飛びだしていった。
ましてや、電車や車を利用すればよいものを、なぜかそのときは、渋谷から徒歩でずんずんと歩いた。少なくとも2時間は歩いたはずである。気がついてみると、皇居前へ来ていた。
皇居前の公園で、私は地面に3つの箱を置いて、すっくと立った。準備はそれだけでよかった。あとは、講演会のときのように次から次と言葉が出てきたのである。そこには目の前を通りすぎる群衆へおかまいなしに言葉を吐いている自分があった。まるで鎌倉時代の辻説法である。
しだいに私のまわりに人垣ができていった。10名ほどになったときだろうか。
中年の男性がいきなり私の目の前に出て、
「その箱をくれ」
と言った。私は面食らった。そして、おもわず聞きかえしていた。
「くれって……」
きょとんとしている私を見て、その男はたたみかけるように、
「その箱をくれ。いくらだ」
「30万円」
私は瞬間的に「天声」の示したとおりに答えていた。
それを告げた後で、私は必死に、「天声」のままに伝えただけだと、自分に言い聞かせていた。
「わかった。いま、金の持ちあわせがないが、すぐ取ってくるからここで待っていろ」
男はそう言い残すと、すたすたと歩き去ってしまった。
私はすぐに、その男のことを忘れて、残っている人たちを相手にまたあふれて出てくる言葉を吐いていた。
それから10分ほどしたころだろうか。先ほどの男が戻ってきた。そして、私の目の前に札束を差し出したのである。数えてみるとたしかに30万円ある。
集まっていた人たちは、その光景を目の当たりにして呆気にとられていた。しかし、いちばん驚いたのは、この私であった。
木箱を受けとった男性は、それを右肩でやおらかかえると、胸をはって意気揚々と歩き去っていった。私はしばらく、その男の後ろ姿を見送っていた。
私の胸には、グッとこみ上げるものがあった。
その男の後ろ姿は実にたくましく、堂々としていた。それほど素晴らしい後ろ姿を、私はそれまで見たことがなかった。
「あぁ、お金では換算できないほんとうの価値を知る人間は必ずいる。それを必要とする人がいるのだ」
私はまたも常識では計れない貴重な体験をした。
残りの4箱も、数日のうちに引き取られていった。どの人も満足した様子で、意気揚々と担いでいった。
「
「
木箱の中身が、「
これからしばらくして、「