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第一章 天意

【7】

当日がやってきた。

ステージに立つのもはじめてならば、そもそもマイクを持つことさえ過去にはなかった。

気もそぞろに、淡い期待をいだきながら控室に入っていった。

驚き困ったことに、聴衆は9人もいた。はじめて人前で話す見も知らぬ人間の話をわざわざ聴きに来られた方がいる、私にはそれだけでも大変な驚きであった。演壇のうしろの「法源誕生」「天声開説会」と墨で書かれた2本の垂れ幕だけが、とても重たくのしかかってくるようであった。

やがて、開演の午後1時となった。司会が「それでは、福永法源先生をご紹介します」と言っている。その声に、舞台袖に立っていた私はその場から逃げ出したい衝動に駆られた。冷や汗が噴き出し、3月というのにワイシャツの背中はぐっしょり濡れていた。脚はブルブルとふるえ、身体は硬直してまったく動かない。視線が刺さってくる。

「もうだめだ、逃げよう」

そう思った瞬間だった。あの1月6日に私を立ちあがらせたあの声がつらぬいた。

「おまえは35歳の青二才だ。おまえが何をしゃべるんだ。おまえのしゃべることを聞かせてもなんの役にも立たない。おまえは、ただのマイクの持ち役だ」

声がつらぬいたその勢いで、私の右足が前に出た。続いて、左足が出た。

気づくと、演壇の前まで来ていて、両手でマイクを必死に握りしめていた。そして、口許にマイクをもっていった瞬間、自然と言葉が流れ始めたのである。

第1回「天声開説会」は、こうして幕を開けた。

人間とは何か。人間のよろこびとは何か。そして、人間の使命とは……。

いままで考えたことも聞いたこともない言葉が、次々と私の口から発せられていた。しゃべっているという感覚はない。考えているといった意識もない。私はただマイクをつかみ、流れ出る言葉を吐きだしているにすぎなかった。

30分もすると、会場を見渡す余裕も出てきていた。

9人の聴衆に目をやると、その9人全員の目に涙が浮かんでいた。ハンカチで目頭を押さえている人がいる。涙の流れるままに、拭おうともしないで聞きいっている人もいる。全員が私の口をついて出る言葉に、心を震わせていたのである。

そのときの体験は、実に奇妙なものであった。話している自分があり、会場の9人を眺めている自分がいて、さらにその不思議な話を聞いている自分がいたからである。

また、不思議なことに、ドモリは消えていた。これは「天声」が私のつくった言葉ではないことを裏づけてくれる現象である。

私はこの「天声開説会」の成功によって、大いに自信を得た。これから始まるであろう「天意」に沿った人生に、輝かしい未来を見ていた。法源の〝大バカ人生〟のスタートであった。

《 目次 》