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第六章 救済

【5】

話は少し戻るが、平成2年のある日、

「天声村の一角に、天行力てんぎょうりきのそそぐ温泉が湧き出る」

との「天声」が下りたことがある。このときはなにも驚きはなかった。あたりまえに受けとっていた。「法納館」の完成以来、私は天の青写真がうっすらとではあるが見えてきていたからである。

まともに考えれば、それほど都合よく温泉など湧くはずがない。それこそ勝手なことを言いだしたと、また34年の私の生きざまが文句を言いそうであるが、私はその「天声」を聞くとすぐに、ボーリング調査を行うことを命じたのである。

このときも、なぜ温泉が必要なのか、ほとんど理解できていなかった。しかし、そのようなことは問題ではなかったのである。それこそ素直に「天意」にしたがうだけであった。いやそれ以上に、なにか楽しくてしかたがなかったことをよく覚えている。

私はただちに掘削業者を呼び寄せて、

「この天声村に、温泉を掘ってほしい」

とお願いした。すると、業者の方は、少し驚いたような顔をつくって、

「ご存じないかもしれませんが、富士市には温泉は出ませんよ」

と、まるで子どもにものを言い含めるように言ったのである。

そして、富士市周辺の地下が厚い岩盤で覆われていることや、この地域に温泉脈のないことなど、専門的な解説をまじえて説明をしてくれた。さらに、過去に何度かこのあたりで温泉掘削を試みて失敗した企業の事例なども話してくれたのである。

しかし、私はそれでも怯むことはなかった。たとえ地質学は知らなくても、「天声」の偉大さはよく知っているからである。

「私には地質学や鉱山学の素養はありませんが、とにかく天声で出るといっているので、まずは掘り始めてほしい」

私は再度、頭を下げて頼んだ。しかし、業者の方は出ないことに自信があるのか、首を縦にふらないどころか、

「それは無駄というものですよ」

と断ってくる。たしかに専門家の目から見たならば、温泉の出ないようなところを知ってて掘るなどということは、プロとして許さないといった意地があったのであろう。私はそんな頑固一徹な業者の方を相手にして、しばらく押し問答を繰り返した。そのうちに、私の熱意にうながされたのか、

「地質学の専門家に、もう一度あたってみますか」

と、その場は折れて、帰っていった。

何日かたって、その業者が専門家をともなって来た。その専門家は、富士山山麓と富士市周辺の地質について測定したデータやグラフなどを腕いっぱいかかえこんでいた。見たからに学者風である。しかし、その膨大な資料は、私をあきらめさせるために集めてきたものであった。その資料を一つ一つ広げながら、

「どこをどのように掘削しても、温水にぶつかることはない」

と、その学者さんが結論を下した。業者の方も納得したようにうなずいている。

「責任はすべてもつから、掘削を始めてください」

私は意を決して、強い口調で申しあげた。

「絶対に出ませんから、やめたほうがいいですよ。ほんとうに知りませんからね」

こうなると、業者の方も引き下がらざるをえない。わがまま勝手な人だといわんばかりの顔で、それでも腹を決めたのか、とにかく発注を受け付けてくれたのだった。

その後すぐ、工事に着手した。工事の開始とともに、私はその場所へ天行力てんぎょうりきを毎日送った。ここまで、なんとか「天声」の指示どおりに行うことができた。

実際に工事が始まってみると、過去の失敗例を知っている人々から、冷笑が浴びせられた。しかし、それとは反対に、講演会などでこの掘削開始の話をしてからは、期待のお手紙が毎月届くようになっていた。

季節は変わり、平成3年は暮れた。

明けて平成4年も、いっこうに温泉の出る気配はなかった。工事関係者からは、再三の中止要請があった。見込みの立たない工事に、さすがに不安を覚えたのだろう。知人たちも、しだいに興味を失ったのか話題にしなくなっていた。行者さんたちの期待のお手紙だけが、私を励ましてくれていた。

平成4年7月になって、

「天声村に温泉が出る。あとわずかのことである」

と、「天声」が下った。温泉については、ひさしぶりの「天声」である。そう聞いた私は、さっそく期待を胸にしてボーリング現場まで歩いていってみた。しかし、相変わらず関係者の表情は暗かった。

「かなりの深度に達しているので、もし出るとしたら、もう兆候が出てもいいのに」

ということであった。

そして、忘れもしない、工事を始めて700日目のことだった。ついに、大量の湯水が湧き出たのである。ほんとうに天声村のなかに、温泉が湧いたのだ。絶対に出ないといわれた土地から温泉が湧き出たのである。

私はその事実を突きつけられて、ただ「ウーム」と唸るだけであった。出る出ないは別にして、ただただればいいと腹をくくっていたものの、その〝実証〟のたしかさに、声を失っていたのである。

その後、しだいに温泉は温度を上げ、46度を越えた。検査すると、ナトリウム・カルシウム系を多量に含む良質泉であるということがわかった。

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