第四章 実証
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さて、「天声」に、「人間のなかには、
これは「
一般の方のなかでも、たまたまあらわれるその力を、ある学者は「回復力」「治癒力」という言葉で説明しているが、まさに、それらは「
私たち人間のなかには、「生きる力」がもともと備わっている。決して目で確認することはできないが、間違いなく私たちのなかには、この「生きる力」が存在しているのである。ただ、多くの人々は、それが「
さて、この「
これまでの体験からいわせてもらうならば、私たちの活動を、病気治しと勘違いしている人が相変わらず多いことである。それは、「
一般の方ならばいざ知らず、あろうことか西洋医学の専門家の口から「奇跡だ!」という言葉を聞いたときには、正直いってゾッとしたものである。
あれはたしか、法源誕生して2年目の冬であった。当時はいまよりも、もっとがんが世間に恐れられていた時分である。私のところには、「
そんななかで、強烈に覚えている一人の男性がいる。
その人は末期がんであった。すでに8回の摘出手術を受けていた。もう、切り取る部位さえないほどだという最悪の状態である。あと3日後に、9回目の手術というときに、東京の講演会に来られた。
その人は演壇上からも気になるほど、
そして予定どおり、9回目の手術を受けたのだった。
その人の状態はといえば、肝臓の3分の2がなく、肺も一つなかった。すい臓と胃は全摘され、大腸もほとんどなかった。極端な表現をすれば、食道から肛門まで、一本の管を通してあるだけという状態である。
しかも、抗がん剤で身体全部がガタガタであった。
私は非常に気になっていた。近代医療で身も心もズタズタにされてしまっていたからである。私は何度か病院に出向いた。そのたびに
その人はふだん寝たきりなので、起きることさえ大変なはずなのに、私が姿を見せると飛び起きて、ベッドの上に正座をして出迎えてくれた。家族の方からうかがうと、私が来てしばらくは、「痛みがない」と言っていたそうである。
医者に言わせれば、「医学上、一日とて生きられない身体」であった。ところが、その人が正座すらして会話を交わす……。この話が病院中に広まり、近くの病室の患者や医者までも見学に来るようになった。それはそうであろう。医者がサジを投げている患者が想像もつかない元気な姿を見せているのだ。
そのとき、医者が患者に聞こえないようにぼそっと私に漏らした。
「奇跡だ。奇跡としかいいようがない!」
「……」
私は返答に困った。それは人間の身体を〝物〟としてしかとらえていない言葉であったからである。愕然とするよりも、失望の気持ちのほうが強かった。このような医師ががん患者を相手にしていることに、ゾッとするのだ。
やっと最近になって、がん患者に対する治療において、肉体的な治療だけではなく、精神的なケアが必要であると学会でも認めるようになってきたが、このころは、そのような考え方はまったく皆無であった。そのために、「奇跡」としかいえないのである。
すでに欧米諸国では、私たち人間の「
たとえば、乳がん患者の心理的な反応を調べる調査によれば、生きる気持ち(
数字でいうならば、絶望的・悲観的な患者が5年以内に死亡するのにくらべて、前向きな気持ちで生きた患者は、13年以上(調査は13年目)生きているというのである。いわば人生をまっとうしていることになる。
しかし、残念なことに、これも理論止まりで、驚異的な効果のあることは認めたが、実践の方法、解決の方法はまったく知らない。
さて、私はスケジュールの都合で、どうしてもその方のお見舞いを断念せざるをえなくなっていた。しかし、その方は、
後日、「8か月の間、たいした痛みもなく生きられました」と、ご家族から感謝の言葉を頂いた。静かに眠るように亡くなった、ということである。
半月も生きられないような状態で、8か月も生きられたことも驚きであるが、それ以上に、前向きな
「気を、やる気にするか病気にするかは、その人自身である」